第一章 幹事会は今日も賑やか

ヒデトがまた、自説を展開している。

「クラス会ってのは、会場が八割だ。八割!」

小鼻を膨らませながら、ヒデトが力説する。六十七歳になっても、この男の主張の強さは変わらない。いや、歳を重ねるごとに、ますます磨きがかかっている。

「はいはい、ヒデトの八割理論はもう聞いたから」

純子がひらひらと手を振って遮る。

「御意、幹事長の仰るとおりでございます!」

ケバオが大きな体を揺らしながら茶化した。ノートパソコンの画面をくるりとみんなのほうに向けて、「ほら、ウェルカムボードのデザイン、こんな感じでどう?」と見せてくる。高校時代はいつも寝てばかりいた印象だったのに、今はやたらと冗談ばかり言い、目を輝かせながら自分の作ったものを自慢したがる。いつの間にこんな人間になったんだろう、と思いながら、私はその画面を覗き込んだ。

「おお、いいじゃないか!」

ヒデトが身を乗り出す。

「でしょ? 大島先生の写真をAIで解釈させて、最新の画像生成AIに――」

ケバオが得意げに説明しているその横で、健ちゃんが静かに皆へ資料を配っていた。ふっくらとしたお腹に、柔和な笑顔。高校時代はサラサラの髪をなびかせた、クラスの女子が思わずため息をついた好青年だったのに、今はすっかり優しいおじいちゃんだ。でも、あの穏やかな笑顔だけは、五十年間まったく変わっていない。

「健ちゃん、ありがと」

私――ヨシエは、差し出された資料を受け取った。健ちゃんは「うん」と頷き、何も言わずにヒデトの横に戻っていく。ヒデトが何か突飛なことを言い出すたびに、「うんうん、それもいいな」とやんわり受け止める。この二人の関係も、五十年間ずっとこうだ。

「ねえ、二次会の場所なんだけどさ」

純子がもう次の話題に移っている。クラス会の本体もまだ決まっていないのに、もう二次会の心配をしている。でも、こうやって先のことをどんどん考えながら場を回していくのが純子で、それは高校時代から変わらない。あの頃も、文化祭の準備で男の子たちを引っ張り回していた。

「二次会の前にまず本体だろ、本体」

ヒデトがたしなめるけれど、その口元は緩んでいる。この五人で集まると、いつも話があっちこっちに飛んで、なかなか前に進まない。でも不思議と、最後にはちゃんとまとまる。

私は少し引いた場所から、みんなの横顔を眺めていた。

ヒデトの額に刻まれた深いシワ。健ちゃんの白くなった髪。純子の目尻の笑いジワ。ケバオのたるみ始めた首元。そして、自分の手の甲に浮かぶ血管。

六十七歳。

高校を卒業してから、もう五十年近くが経つ。

あの頃の私たちは何も怖くなかったし、時間は無限にあると思っていた。まさか六十七歳になった自分たちが、こうしてカフェに集まってクラス会の相談をしているなんて、十七歳のあの日には想像もしなかった。

懐かしさが、静かに胸へ広がる。

「――で、クラス会のテーマなんだけどさ」

ヒデトがコーヒーカップを置いて、少し改まった顔をした。

「”青い鳥”ってのはどうだ?」

一瞬、全員が黙った。

「青い鳥って……あの?」

純子が目を丸くする。

「そう、あの青い鳥。覚えてるだろ、三年D組。学校祭で俺たちがやったやつ」

覚えている。覚えているに決まっている。

ヒデトが台本を書いて、健ちゃんがチルチルで、純子がミチルで、ケバオが――。

その瞬間、視界がぐらりと揺れた。

ヒデトの声が遠くなる。純子の笑い声が、水の底に沈むように薄れていく。

テーブルの上のコーヒーカップが、ノートパソコンが、すべてが滲んで――

そして、チョークの匂いがした。


第二章 三年D組の日常

最初に気づいたのは、机の感触だった。

つるつるのテーブルではない。ところどころに彫刻刀の傷がある木の机。誰かがボールペンで落書きした跡。窓から差し込む午後の日差し。

私は自分の手を見た。

シワがない。血管も浮いていない。日焼けもしていない――十七歳の手。

教室だ。

三年D組の教室だ。

窓の外には、見覚えのあるグラウンドが広がっている。サッカー部の子たちが走っている。空が高い。あの頃の空だ、と思った。六十七歳の私が見上げる空とは違う、どこまでも遠くて青い空。

頭がくらくらする。いったい何が起きているのか、わからない。でも、五感がとらえるすべてが、あまりにもリアルだった。チョークの粉っぽい匂い。懐かしい学校の匂い。廊下から聞こえる笑い声。

「おーい、集まれー!」

聞き覚えのある声が、教室の前方から響いた。

声のするほうを見て、私は息を呑んだ。

ヒデトだ。十七歳の、ヒデト。

髪が黒々している。シワのない顔。日に焼けてはいるが、肌はゆで卵のように艶やかだ。でも、その立ち姿は六十七歳のヒデトとまったく同じだった。教室の前に陣取って、腕を組んで、みんなを見回すあの感じ。黒板の前に立つだけで、自然と「俺がここを仕切る」という空気が生まれる。誰に頼まれたわけでもないのに、気づけば中心にいる。

あぁ、ヒデトだ。まぎれもなく、ヒデトだ。

五十年後も変わらないあのリーダーシップは、この教室で生まれたのだ。

ヒデトの横に、すっと立っている男の子がいた。

――健ちゃん。

思わず目を見張った。

髪がサラサラだ。背筋がすっと伸びていて、制服がよく似合う。清潔感があって、ハンサムで、どこか品がある。あのふっくらしたお腹の健ちゃんと同一人物だとは、知らない人が見たら絶対に信じないだろう。でも、優しい笑顔だけは同じだった。

ヒデトが何か言うたびに、「うんうん」と穏やかに頷く。あの相槌。あの柔らかい空気。五十年後に皆へ資料を配りながら「うん」と頷く健ちゃんが、ここにいる。見た目はまるで別人なのに、纏っている空気は同じだ。

教室の真ん中あたりで、女の子の明るい声が弾けた。

「えー、なになに? なんの話?」

純子だ。

スカートを翻して、男子のグループにもずんずん入っていく。「ちょっとそこどいて」と男の子の肩をぽんと叩いて、ヒデトの話に割り込んでいく。その屈託のない笑顔。その場をぱっと明るくする声のトーン。高校生の純子は、六十七歳の純子と驚くほど同じだった。

周りの人を巻き込んで、一緒に楽しもうとするあのエネルギーは、十七歳のときからすでに完成していた。

私は一人ずつ見るたびに、不思議な感動を覚えていた。五十年の歳月が過ぎても、人の核にあるものは変わらない。ヒデトのリーダーシップも、健ちゃんの優しさも、純子の明るさも、十七歳のときには、もうちゃんとそこにあった。

そして。

教室の一番後ろの席。

窓際の一番後ろで、長身の体を丸めて、机に突っ伏している男の子がいた。

ケバオ。

――寝ている。

間違いなく、寝ている。

規則正しい寝息が聞こえてくる。完全に、深く、疑いようもなく寝ている。無駄に大きな体は今と同じだが、六十七歳のケバオとは随分印象が違う。

あの、冗談を言うケバオ。ノートパソコンを開いて目を輝かせながらデザインを見せてくるケバオ。AIを使いこなし、いろんなものを作っては自慢したがるケバオ。

そのケバオが、ここではただ、寝ている。

他の三人には、十七歳の姿の中に六十七歳の面影がはっきりと見えた。未来の彼らを知っているからこそ、「あぁ、なるほど」と深く納得できた。

でも、ケバオだけが違う。

私はケバオの寝顔をしばらく眺めた。そう、いつもケバオは寝ていた。起きていた姿を、ほとんど覚えていない。


第三章 ヒデト版・青い鳥

三年D組に大事件が起きたのは、それから間もなくのことだった。

学校祭のクラス対抗劇。ヒデトが何週間もかけて書き上げた自信作の台本が、教頭先生に呼び出されてNGになったのだ。

「内容が過激すぎる。却下だ」

教頭先生の一言で、ヒデトの台本は白紙に戻された。

教室に戻ってきたヒデトの顔を見て、みんなが息を呑んだ。ヒデトはがっくりと肩を落として、自分の席に座った。教室がしんと静まり返る。窓の外の部活の声だけが、やけに大きく聞こえた。

あのヒデトが、打ちひしがれている。

みんなが言葉を探していると、三十秒後――本当に、ぴったり三十秒後だったと思う――ヒデトが顔を上げた。

そして、ニヤリと笑った。

私はその顔を見た瞬間、背筋がぞくりとした。

ヒデトのこの顔を、私は知っている。六十七歳のヒデトも、ときどきこの顔をする。幹事会で何か突飛なアイデアを思いついた時の、あの悪い顔。この顔の時は、必ず事件になる。五十年間、一度も外れたことがない。

「――”青い鳥”をやる」

ヒデトは静かに言った。

「……は?」

クラス中が目を丸くした。青い鳥。メーテルリンクの、あの「青い鳥」? チルチルとミチルが幸せの青い鳥を探して旅をする、あの童話?

「マジで? あの青い鳥?」

「幼稚園のお遊戯会じゃないんだぞ」

「ヒデト、やけになってないか?」

落胆の声があちこちから上がった。あの過激な台本のあとに「青い鳥」では、振り幅が大きすぎる。

でも、ヒデトの口元は緩んだままだ。あの悪い顔のまま、腕を組んで、みんなの反応を楽しむように眺めている。

「安心しろ。教頭には”青い鳥”って言っとけばいい。中身は――」

ヒデトは、一枚の紙を高く掲げた。

「俺が書く。完全オリジナルの”ヒデト版・青い鳥”だ」

教室がどよめいた。

なるほど。そういうことか。「青い鳥」という名前で教頭を安心させておいて、中身は全くの別物にする。ヒデトは最初から折れてなどいなかったのだ。三十秒の沈黙は、この作戦を練るための時間だった。

さすがヒデト。笑いが込み上げてきた。五十年後のヒデトが幹事会でやっていることと、まったく同じだ。一見ダメになったように見せかけて、もっと面白いものを出してくる。あの強引さと、あのしたたかさ。全部、ここから始まっていたのだ。

ヒデトの号令のもと、準備は一気に動き出した。

本番まで時間がない。ヒデトの達筆な字で次々と書き上げられていく台本を、みんなが奪い合うように読んでいく。

「チルチルは健ちゃん、ミチルは純子。これは決定な」

ヒデトが有無を言わさず配役を決めていく。

チルチル役の健ちゃんは、台本を読んで静かに頷いた。「うん、やるよ」。その一言に、教室の空気がふわりと和らぐ。健ちゃんがいると、どんなに切羽詰まっていても、「なんとかなるかも」と思えてしまう。

「ミチルは私がやるわ!」

純子が胸をどんと叩いた。歌あり芝居ありのミチル役は、純子にとってはまさにはまり役だ。台本を一読しただけで、もう台詞を覚え始めている。

「ちょっと男子、そこ動いて! 練習するんだから場所あけて!」

純子の声が教室に響くと、男子たちが「へいへい」と机を移動させる。六十七歳の純子が「二次会の場所はここね、決定!」と仕切る姿が、ぴたりと重なった。

ヒデトが追い詰められた場面では、いつも健ちゃんが横に来た。台本の直しで頭を抱えるヒデトに、「ここ、こうしたらどうかな」と静かに提案する。ヒデトが「うーん」と唸ると、「まあ、ヒデトの好きなようにやったらいいよ。俺はどっちでもいいと思う」と引く。でも不思議なことに、最終的にヒデトが健ちゃんの案を採用することが多かった。

私もこの芝居の一員だった。脇役だけど、みんなと一緒に台詞を合わせて、動きを確認して、少しずつ芝居が形になっていく。この一つのものをみんなで作り上げていく高揚感。六十七歳になった今でも、幹事会でクラス会の準備をしているとき、同じ感覚を覚えることがある。ああ、私たちはあの頃からずっと、一緒に何かを作ってきたのだ。

そして準備が佳境を迎えたある日、ヒデトが突然、大きな決断を下した。

「――青い鳥を、出す」

みんなが手を止めた。

「出すって……何を?」

「青い鳥だよ。最後に、本物の青い鳥を舞台に出す」

ヒデト版・青い鳥のストーリーは、チルチルとミチルが幸せの青い鳥を探し続けるけれど、結局見つけられない、という話だった。見つからないまま終わるところに、ヒデトなりのメッセージがあったはずだ。

それなのに、青い鳥を出す?

「いいんだよ。出したほうが面白い。俺にはわかる」

ヒデトの目が光っている。あの悪い顔とは違う、何かを確信した目だった。

「でも、誰がやるんだ? 役者はもう全員埋まってるぞ」

全員の視線が、教室の一番後ろの席へ向いた。

ケバオが寝ていた。

いつも通り、ぐっすりと。

「……ケバオ?」

「他にいないだろ」

私は思わず立ち上がった。「私が起こしてくる」。

ケバオの席まで歩いていって、肩をそっと揺すった。「ケバオ、ケバオ」。しかしケバオは微動だにしない。平和な寝息が続いている。

「無理無理、やめとけ」

後ろからみんなの声が飛んでくる。

「ケバオは寝たら起きないぞ」

「昨日も数学の時間ずっと寝てたし」

「一時間目から六時間目まで寝てた日もあったよな」

みんなが笑っている。でもヒデトだけは笑っていなかった。ずかずかとケバオの席に歩いてきて、机をバンと叩いた。

「ケバオ! 起きろ!」

ケバオがのっそりと顔を上げた。目が半分しか開いていない。

「……ん?」

「お前、芝居で青い鳥をやれ」

「……青い鳥?」

「台詞は一つだけだ。これだけ覚えろ!」

ケバオは寝ぼけた目をこすりながら、ふわぁとあくびをした。

「いいよー」

あまりにも軽い返事だった。絶対に覚えていないだろう、この人。明日になったら「え、なんの話?」って言うに決まっている。

でも、ヒデトは満足そうに頷いた。「よし、決まりだ」。

準備は最終段階に入った。日に日に芝居の完成度が上がっていく。健ちゃんのチルチルは、あの優しい声が客席の後ろまで届くような、温かい芝居になっていた。純子のミチルは、歌うシーンで鳥肌が立つほどの声量と感情が乗っていた。脇役の私たちも、一つ一つのシーンを丁寧に作り込んだ。

ただ一つ。

ケバオだけが、相変わらず寝ていた。

練習にもほとんど来ない。たまに来ても、隅っこでギターを弾いているか、寝ているかのどちらかだ。「はははは、私が青い鳥なのだ」の台詞を練習している姿を、誰も見たことがなかった。

大丈夫なのか、本当に。

不安を抱えたまま――本番の日は来た。


第四章 ケバオが起きた日

幕が上がった瞬間、空気が変わった。

照明が舞台を照らし、客席が暗くなる。ざわざわしていた体育館が、しんと静まる。

チルチル役の健ちゃんが舞台に立った。

「ミチル、行こう。青い鳥を探しに」

静かで、でも芯のある声。健ちゃんの声には、人を安心させる力がある。客席の空気がふわりと柔らかくなるのが、舞台袖からでもわかった。

「うん、お兄ちゃん!」

純子のミチルが飛び出してきた。満面の笑顔。その声は体育館の天井まで届きそうなくらい伸びやかで、客席から小さな感嘆の声が漏れた。

芝居は快調に進んだ。

ヒデト版・青い鳥は、原作をベースにしながらも、台詞のそこかしこにヒデトらしいひねりが効いていた。笑えるところでは客席がどっと沸き、静かなシーンではしんと聞き入る。こんなに良い芝居になるとは、正直、想像以上だった。

客席の隅に、教頭先生の姿が見えた。腕組みをして、最初は「あいつめ」と言わんばかりの険しい顔をしていた。「青い鳥」と聞いて許可を出したのに、中身がまるで違うのだから、怒って当然だ。でも芝居が進むにつれて、その腕組みが解け、体がだんだん前のめりになり、いつしか食い入るように舞台を見つめていた。ヒデトの芝居は、教頭先生すら引き込んでしまったのだ。

私も脇役として舞台に立ちながら、胸が熱くなっていた。みんなで作り上げてきたものが、今、客席に届いている。

そして。

物語はいよいよ終盤に差しかかった。

チルチルとミチルは、どこを旅しても青い鳥を見つけることができなかった。思い出の国にも、夜の御殿にも、幸福の花園にも、青い鳥はいなかった。二人は疲れ果てて、もう帰ろうと手を取り合ったその時――

舞台袖が、ざわついた。

「ケバオは起きてるか?」

「誰か見てこいよ」

「最後に楽屋見たとき寝てたぞ」

ひそひそ声が飛び交う。不安が伝染する。舞台上では健ちゃんと純子が芝居を続けているけれど、袖にいる全員の頭の中は同じことを考えていた。

ケバオ、頼むから起きていてくれ。

チルチルの台詞が進む。ミチルの台詞が進む。

ケバオの登場まで、あと少し。

ヒデトが舞台袖の奥を覗き込んで、小さく呻いた。「……おい」

ケバオの姿が、どこにもない。

まさか帰ったのか。いや、着替えてもいないんじゃないか。あの青い鳥の衣装はどこだ。だから言っただろう、ケバオに任せるのは――

その時だった。

舞台の反対側の袖から、大きな影がぬっと現れた。

青い。

全身が、青い。

羽根飾りをつけた巨大な青い鳥が、ステージの端に立っていた。

長身を活かした、堂々たる体躯。いつの間にか衣装を着て、いつの間にかスタンバイしていたのだ。誰も気づかなかった。あれほど寝ていたはずなのに。いつもぼんやりしているはずなのに。

客席がざわめいた。

青い鳥がゆっくりと、ステージの中央に向かって進んでくる。いや、歩いているのではない。大きく腕を――翼を広げて、飛ぶように、舞うように、中央へと向かってくる。その動きは堂々として力強く、照明を浴びた青い衣装がきらきらと輝いていた。

体育館の全員が、息を呑んだ。

ステージのど真ん中。

青い鳥が、すっと胸を張った。

そして。

「はははは、私が青い鳥なのだ」

その声は、体育館の壁を震わせた。

今まで聞いたことのない声だった。あの、いつも眠そうで、もごもごと何を言っているかわからないケバオの口から、信じられないほど朗々として、はっきりと通る声が放たれた。

拍手と歓声が沸き上がった。笑い声も混じっている。ケバオを知っている三年D組の生徒たちが、信じられないものを見た顔で叫んでいる。ケバオもしてやったりの顔だ。

「ケバオが起きてる!」

ケバオだけが、高校生時代と六十七歳でまるで別人に変わったのだと、私はずっと思っていた。でもステージの上のその得意げな顔は、自分の作ったものを自慢げに見せる今のケバオと、たしかに同じだった。

――芝居は、最高の幕切れを迎えた。

客席の拍手が鳴り止まない。カーテンコールで全員が舞台に並んだ時、健ちゃんが穏やかに笑っていた。純子が目をうるませていた。ヒデトが腕を組んで、満足そうに――でもどこか悔しそうに「まあまあだな」とつぶやいた。本当は嬉しいに決まっている。いつものヒデトだ。

ケバオの姿が、ない。

きっと、寝ている。

みんなで記念写真を撮ることになった。体育館の舞台の上で、衣装のまま肩を組んで。カメラマンの先生が「はい、もうちょっと寄って」と言うのに、なかなかフレームに収まらない。そんな中、気づくとケバオが中央の後列で青い鳥の羽を広げてポーズを取っていた。

起きていた。

シャッターが切られた瞬間。

目眩がした。

足元がぐらりと揺れて。

光が――白い光が、すべてを包んで――。


第五章 青い鳥は、ここにいた

「――ヨシエ、大丈夫か?」

ヒデトの声が聞こえた。

でも、さっきまでの声とは違う。少ししゃがれた、長い年月をかけて太くなった声。

目を開けた。

カフェのテーブル。コーヒーカップ。ケバオのノートパソコン。クラス会の資料。

六十七歳の、みんなの顔。

「ちょっと、ぼーっとしてたよ? 大丈夫?」

純子が心配そうに覗き込んでくる。その顔には笑いジワがあって、少しふっくらとしている。でも目の奥には、十七歳の純子と同じ温かさがあった。

「……うん、大丈夫。ちょっと、考え事してた」

私はコーヒーカップを手に取った。ぬるくなっていた。

みんなの顔を、一人ずつ見た。

ヒデトがクラス会のプログラムについて、ああでもないこうでもないと力説している。主張の強いリーダーシップは五十年前と変わらない。ただ、その手にはシミがあって、指の関節は少し太くなっていた。農業大学を出て、地元で土を耕してきた手だ。日差しの中で何十年も作物を育ててきた手。あのシワの一本一本が、ヒデトが歩いてきた道そのものだった。「俺が高校の生徒会の時代にはーーー」と昔話をひとしきり披露したかと思えば、「なんちゃって」とオヤジギャグを挟む。みんなが「はいはい」と失笑する。あの悪い顔は健在だ。少々頑固なところも、こだわりの強いところも、友だち思いのところも、全部ひっくるめてヒデトだ。あの三十秒の強さが、今も変わらずここにある。

健ちゃんがテーブルの上を片づけてくれている。ふっくらしたお腹。白いものが混ざった髪。サラサラの髪をなびかせていたあの青年の面影はずいぶん霞んでいる。でも、ゴミをまとめるその手つきは優しい。あの手は長年サラリーマンとして家族を守り、休日には何百匹もの魚を捌き、何百本もの包丁を研いできた手。五十年間、ずっと誰かのために何かをし続けてきた手。「うん」と頷くあの穏やかな相槌は、十七歳のときから少しも変わっていない。

純子が「ねえ、余興で幹事会みんなで歌わない? 楽しいじゃない」と目を輝かせている。六十七歳になっても、そのエネルギーは衰えるどころか、ますます増している気がする。ママさん合唱で鍛えた声は、十七歳の頃のものとは違う。でも、人生の喜びも悲しみも全部知った上で歌う声は、あの頃とは比べものにならないくらい、人の心の奥まで届くはずだ。

ケバオがノートパソコンの画面に向かいながら、冗談を言っている。「これ、AIで加工したら全員二十歳くらいになるよ。やる?」と笑って、みんなに「やめてよ!」とツッコまれている。あの青い鳥の衣装を着たケバオの顔が、重なった。

「ヨシエ! 聞いている?」

ヒデトが聞く。

「聞いてるよ。ちゃんと聞いてる」

聞いてるよ、ヒデト。五十年前から、ずっと聞いてるよ。あなたの言っていることは八割は正しい。昔からね。コンプライアンスには少々問題あるけどね。

「ヨシエ、大丈夫?」

健ちゃんが顔を覗き込んでくる。

「うん、ありがと」

ありがとう、健ちゃん。いつも優しいね。少しデラックスなりすぎじゃないかとは思うけど。スーパーデラックスになる前に止めないと、ワカサギ釣りの氷が心配だわ。

「ヨシエ! 風邪ひいたんじゃない?」

純子が言う。

「もしかしたらね。でも大丈夫」

いつもありがとう、純子。あなたはいつもみんなの中心にいて、いつも楽しそう。17歳の時の「可憐さ」はどこかに消えちゃったけど、今だってかわいいグランマよ。

「眠そうだね」

ケバオが言う。

「平気よ。ありがとう」

平気よ、ケバオ。あなたは高校の三年間ずっと寝てたじゃない。私は授業中には寝なかったんだから、少しぐらい眠そうだって、いいでしょ。

私はどうだろう。五十年で変わったかな。五十年もあれば、楽しいことも辛いことも、バケツに数十杯分はあったはずだ。だけど私の小さな体では抱えきれないから、時代にそっと置いてきた。残ったのは、抱えきれるだけの思い出。でもそれで充分。まだまだこれからも、楽しいことはたくさんありそうだし。

みんなの顔を、もう一度見渡した。

シワもある。動きも緩慢だ。十七歳の頃と比べたら、失ったものを数え上げればきりがないだろう。でも今ここにある笑い声、この冗談、この「うん」という相槌。それは五十年前と少しも変わっていなかった。

青い鳥は、ここにいる、ずっとここにいる。


「じゃあ、クラス会の日程、来月の第二土曜でいいな?」

ヒデトが言う。

「いいんじゃない?」と私。

「健ちゃんは?」

「うん、いいよ」

「純子は?」

「オッケー! あ、二次会の店も予約しとくね」

「気が早いんだよ、お前は」

「ケバオは?」

「いいよー」

窓の外は、冬の夕暮れだった。でも、少し日が長くなってきた。

不意にスマホを見た。

三月二十日。

私も六十七歳。